動物の命について


7月5日に投稿した「福島原発避難区域」の記事 がツイッターで拡散され
わかる限りで、5000件以上リツイートされたようです。
いつもならせいぜい、100〜300程度しかないブログへのアクセス数が
先週末には、6万、5万、を超えました。




コメントもたくさん頂き、支援物資や義援金を送りましたという方も
大勢いらっしゃって本当にありがたい事です。

その記事に頂いたコメントに返事をしていた中で、
どうしてもブログの本文でも触れておきたい内容があったので
あらためて記事として書かせて頂きます。


          ◆


福島原発20km圏内の避難区域に取り残された動物たちが
どういう理由で取り残されてしまったのか、それは様々だと思います。

畜産農家の牛や豚たちはどうしようもなく取り残されたでしょう。
しかしペットであった犬や猫たちはどうでしょうか。

「この緊急事態に犬や猫の面倒なんか見てられない置いて行け」
「かわいそうだけど避難所には連れて入れないからごめんね」

どういう思いでその場に残してきたのかに関わりなく
残して来たことを、悔いていようが、悔いてなかろうがに関わりなく
共に暮らしていたはずの家族を、どうにかして連れて
一緒に避難しなかったということが、店主にはどうしても理解できません。

犬や猫たちは人の世話が無くては満足に生きていけません。
無人になった街に置き去りにされた犬や猫たちは、当然ながら餓死します。
容易に想像がつくことです。
空腹にもがき苦しんで餓死した動物たちがどれほど居たことか。
壮絶な共食いの末に全滅してしまった猫たちも居ます。

一緒に連れて避難しなかったということは
それまでに一緒に暮らして来た「命」を「見捨てた」ということです。

店主は、店と自宅で15の命(すべて猫)と共に暮らしています。
たとえ何事が起きようとも、その命1つとて残して逃げるなど有り得ません。
どうしても一緒に連れて行けない状況なら、逃げないと思います。
なぜなら、猫の命も自分の命も、まったく同等に考えているからです。

仮に「子供を連れて避難所には入れません」と言われたとして
自分の子供を「見捨てて」避難するような人が1人でも居るでしょうか。
何としてでも子供を連れて一緒に逃げる方法を考えると思います。

それが犬や猫だったとしても、まったく同じことです。
同じだと思えない人は、動物の命の重みを軽んじているからです。

一緒に連れて行けないと判断して「見捨てた」ということは
その「命」は、自分のそれと比べて「二の次」だったということです。

見捨てられる側の気持ちを、真剣に考えたことがありますか?
人と共に暮らす犬や猫たちの、唯一の望みであり、唯一の喜びであるのは
飼い主の側でずっと一緒に一生を暮らすことです。

どのような状況で命を見捨てたとしても
見捨てたことを悔いていようが、悔いてなかろうが、それは罪です。
見捨てた飼い主を責めるつもりはありませんが
見捨てた飼い主は自分自身を責めるべきだと思います。

しかし、どうしても救えなかった「命」もあるのかも知れません。
畜産農家の牛や豚や鶏たちはそうだと思います。
犬や猫たちにも、数えきれないほどの避難状況の中には、為す術なく
悲しみを堪えるしか無い状況もあったかも知れません。

いちばんの責任は、国や東電にある。
避難区域で失われた動物たちの命は失われるべきではなかった。
ただただ申し訳ない気持ちでいっぱいです。


          ◆


今日、星ファミリーにお会いして支援物資や募金などを届けて来ました。
いまでもたくさんの動物たちが頑張って生き抜いているそうです。

仔猫も新たに産まれたりで、猫は千単位で居るとおっしゃってました。
まだまだ星さんの活動は続きますし、支援が必要です。

以前のブログで小屋に取り残されていた犬は、その後
保護されて、親戚の方のお宅で預かられて元気にしているそうです。

元の飼い主さん宅で、子供さんによく懐いていたそうなので
また飼える状況になったら、飼い主さんの元へ戻る予定ということです。





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